公衆衛生学修士で勉強する内容

公衆衛生学

こんにちは総合医です。

今回は公衆衛生学修士で勉強する内容についてお話ししてみたいと思います。

公衆衛生学修士で履修できる科目

公衆衛生学は、主に医療系の学部で勉強をされた方達が興味を持って勉強する内容となっており、下に示すような内容をカバーします。

  • 疫学・生物統計学
  • 生物倫理
  • 医療政策学
  • 性に関する健康
  • 環境に関する健康
  • 質的研究
  • 予防医学
  • グローバルヘルス
  • 修士論文など

他にも、集団の健康に関わる分野であれば公衆衛生学と関係が出てくるので、一言で公衆衛生学の内容を言い切るのは難しいです。

そして、公衆衛生学修士課程でこれら全てをカバーするのかというと、そういうわけでもありません。

私の在籍していたシドニー大学では1年半で卒業になってしまうので、履修できる科目は極々限られた範囲でした。

そのため、私は疫学・生物統計学、医療政策学、環境に関する健康、質的研究、予防医学、修士論文を履修しましたが、倫理、性に関する健康、グローバルヘルスなどは全く履修しませんでした。

もちろん修士課程の最初に、総論的な授業が必修となっており、そこで全ての分野のさわりの部分を紹介されたのですが、それ以降は全く触れませんでした。

もし公衆衛生学を学ぼうと考えるのであれば、どの分野を勉強したいのかをしっかりと考えておくと良いでしょう。

次に、私が履修した科目について少し詳しくお話ししようと思います。

疫学・生物統計学

医学部医学科を卒業した人は、学部時代に公衆衛生学という授業を受けたと思います。

学部時代に主に教えられるものがこの疫学・生物統計学にあたるかと思います。

医師の中には臨床研究を自分でもできるようになりたいと思い、生物統計学に興味を持っている方がいるかも知れませんが、臨床研究を行う上で一番大事なのは、実は疫学の方です。

医学論文を読んだ経験のある方であれば、論文のMethods部分に当たる内容が疫学だと言えば、イメージが湧くかも知れません。

臨床研究(疫学研究)を行うためには、まずはデータを取る必要があります。

このデータを取ると言うのが、とても難しく、多くのバイアスと戦わなくてはなりません。

調べたいものによって研究手法が変わってくるのですが、各研究手法でそれぞれいくつものバイアスにさらされているので、正しくデータを集めるというのがとても難しく、なるべく適切なデータを集めるために研究手法を考えたり、吟味したりするのがこの疫学の部分にあたります。

そして、適切にデータが採取できた所で初めて統計学的に解析を行う事ができるのですが、統計学的な解析方法はデータの種類によって決まっている事がほとんどなので、生物統計学はどちらかというと数学的な勉強だったり、統計ソフトの使用方法を学ぶ事がメインになります。

もちろん特殊なデータを扱おうとすれば、それだけ統計学的解析にも注意が必要になりますが、多くの場合、統計学の専門家をチームに入れて研究はなされるので、解析方法で悩む事は少ないでしょう。

しかし、データがそもそも間違っている場合には、どんな優れた統計解析手法を用いても誤った結果しか得られないので、やはり疫学の方が重要だという結論になります。

この部分については、また別の記事で詳しくご説明しようと思います。

医療政策学

医療政策学では、医療政策を新しく考える時にどのような事を考える必要があるのかについて勉強します。

例として、ステークホルダーというものの大きさを学んだりします。

ステークホルダーとは、日本語に置き換えれば関係団体という事ですが、わかりやすく言えば利害関係者です。

例えば、世界には、飲料水に含まれる砂糖に対して税金をかけ、砂糖入り飲料の消費を抑えて人々の健康を守ろうと考えている国があります。

これは砂糖税と呼ばれるもので、実現している国はまだ少ないですが、少なくとも議論を活発に行なっている国は先進国の中にも多くあります。

ちなみにオーストラリアはまだ導入していませんが、議論は何年にもわたってされています。

そしてこの砂糖税の利害関係者が誰なのかと考えると、飲料メーカーの団体、各種医療系団体(医師会、歯科医師会、各種学会、そしてオーストラリアではCancer councilなど)、そしてもちろん砂糖メーカーも関与してきます。

団体の数で言えば医療系の団体の方が多かったとしても、飲料メーカーからの激しい反対があれば政治家も慎重に対応せざるを得ません。

そして、仮に各団体から献金など受け取っていた場合には、その団体に忖度した行動を取らざるを得ません。医療政策学ではこれらの利害関係者を考慮したり、新しい政策にどれだけの効果が見込めるのかを考える事が含まれます。

新しい政策の効果を考える方法の一つとして、費用対効果の視点があります。

医療現場において、医療者は患者さんの状態が良くなる可能性がわずかでもあるなら、たとえどんなに高額な治療方法、薬剤だったとしても使用します。

「命はお金に変えられない」という価値観を持って仕事に向き合っているという事です。

しかし、医療費は無限にあるわけではないので、高額な割に効果が少ない薬剤・治療方法を保険で認めると、国は簡単に財政破綻してしまうでしょう。

そのため、政治家、もしくは官僚は一定程度の効果を得るのにお金がいくらかかるのかを考え、費用対効果の高いものを選んで保険適応する必要があるのです。

その時に使われる指標の一つとして、QALY (Quality adjusted life year)というものがあります。

これは障害などによって減少した生活の質を考慮した指標となっており、健康状態を1、生活の質が半分になっている状態を0.5、死亡している状態を0と定義します。

健康な状態で10年生きた人なら1x10(年)=10QALYとなり、障害で生活の質が半分になってしまった人が同じ年数生きた時、0.5x10(年)=5QALYとなります。同じ寿命の2人ですが、生活の質まで考慮すればQALYは大きく変わってきます。

そして、このQALYを1あげるのにどれだけ費用がかかるのかを計算したものがICER(Incremental cost-effectiveness ratio)という指標です。

このICERの数値によって、薬剤や治療法の費用対効果がはかられます。

一般市民や医療者からは、お金のことばかり考えて命を蔑ろにしていると蔑まれていますが、官僚や医系技官がお金の事を考えなければ国が破綻して路頭に迷う人が大量に出てきてしまいます。

そのため、医療者は目の前の患者の事を、政治家や官僚は将来の国の医療の事を考え、役割分担をしながら働いているという事です。

質的研究

質的研究とは、元々は社会学的な研究で主に用いられてきた研究方法です。

医学研究では、数量的な研究が盛んですが、医学研究の中にも質的研究を行なっているものが存在します。

質的研究は、主に観察や、インタビューなどを主たるデータ取得方法とした研究方法で、検査結果などの数値は利用されません。

例を挙げれば、研究者がある部族を1年間かけて観察し、どのような風習を持っており、どのようなものの考え方をするのかを調べるという研究が挙げられます。

現代ではむしろ、SNSの潮流を観察して、人々のものの考え方の変化などを研究している研究者が多いのではないでしょうか。

公衆衛生の分野でもこの質的研究はよく取り入れられていて、参加者にインタビューをして、彼らがどのように感じたのかを調べたり、医療現場での状況を観察する研究などに用いられます。

具体的に一つ例を挙げるとすれば、2004年に世界五代医学雑誌の一つであるBritish Medical Journal (BMJ)に掲載された、Gabbyらの研究:Evidence based guidelines or collectively constructed “mindlines?” Ethnographic study of knowledge management in primary careという研究が質的研究に当たります。

この研究が発表された2004年はEvidence-based medicine (根拠に基づく医療)が提唱され始めてから20年以上の年月が経過し、ガイドラインを作り、それに則って治療を行うという事が浸透してきた頃です。

Gabbyらは、作成されたガイドラインが医療従事者らの手に届いているのか、そしてどのような経路で届いているのかを質的研究方法で調べたというわけです。

彼らはイギリス国内の2ヶ所のクリニックで、実際の医療現場、カンファレンスや医局での様子を観察し、医師達がどのようにガイドラインを参照しているのかを観察しました。

観察の結果、医師達は実際にはガイドラインを直接参照しているのではなく、製薬会社の営業・同僚の医師・上級医・オピニオンリーダーと呼ばれる高名な医師・一般的な医療界の常識・患者からのフィードバック・自身の経験などの多くのチャンネルから知識を得て医学的な判断をしているという事がわかりました。

それまで、全ての医師がガイドラインに照らし合わせて医学的な判断をしていると考えられていましたが、この研究によって、実際の現場ではガイドラインだけで医療的判断がされている事はほとんどなく、多くの経路から情報を得て、それに基づいて治療を行っているという事が判明しました。

研究の結果だけ聞けば、数的研究手法でも同じ結果を得られそうだと考えてしまいますが、数的研究手法では網羅的なアンケートが必要になりますし、誰からの意見がより影響力を持っているのかなどはわかりません。そのため、現場での複雑な関係などを調べる時には質的研究手法が向いていると言えるでしょう。

予防医学・ヘルスプロモーション

予防医学では、健康増進に関する人々への介入が、どのような議論を経て最終的に施行されるかについて学びます。

例えば、高血圧を予防して心血管系疾患の発症を減らしたいと考えた場合、「塩分摂取量を減らす」という目標が設定されます。

この目標を達成するための介入方法を考えるプロセスが予防医学のメインとなります。

予防医学のターゲットとして、個人の行動変容をターゲットにしたものと、社会や環境をターゲットにした介入方法が存在します。社会への介入方法として、コミュニティーへの介入、政治への介入、政治に影響を与えるアドボカシー的介入、環境自体を変えてしまう介入方法などが知られており、どの介入方法をとるかで、予防レベルが決まってきます。

予防医学介入方法

予防のレベルは、Primordial 予防、一次予防、二次予防、三次予防の4段階に分かれていて、Primordial予防が人々が病気になる前に環境などを変えてしまう予防、一次予防が人々に教育などを通じて行う疾病予防、二次予防はすでに病気の人を健診などで早期発見につなげる予防、三次予防がすでに発症してしまった人の再発、増悪予防と分類されています。

これらの知識に基づいて作成された予防方法を、今度は実際に評価して、その後の介入方法の改善につなげるというのも予防医学には含まれます。

医療現場で働く人達にとっては患者への指導が予防医学という感覚が強いでしょうが、公衆衛生学では集団への介入方法を考え、それを改良していくのが予防医学という事になります。

修士論文

シドニー大学では修士論文は希望者のみでしたが、おそらく他の大学では必須科目となっているでしょう。

シドニー大学の公衆衛生学修士では、自分の興味のある分野の教授に相談し、その研究チームに組み込んでもらうという方法をとっています。

私の場合は、予防医学の教授に指導を依頼し、オンラインサービスを利用して高齢者の運動頻度を上げる取り組みの研究に入れてもらいました。

データがまだ十分に集まっていませんでしたが、パイロットスタディとして集めたデータを使わせてもらい、回帰分析モデルを用いてオンラインサービスの効果を検証するという研究を行わせてもらいました。

大学院入学前は、IELTSのライティング試験で250wordのエッセイに四苦八苦していましたが、修士論文では10,000word以上の文章を書かなければならずとても苦労しました。

グラフや表も合わせると、49ページの超大作となってしまい、よくもそんなに英語を書く事ができたなと自分でもびっくりしました。

そして、長文の論文を添削してくれた指導教官の教授には感謝してもし尽くせません。

英語で論文を書くトレーニングも受けたいと考えて公衆衛生学修士課程に留学したので、教授から直接論文作成の指導をもらえたのはかなり貴重な体験でした。

今回はシドニー大学の公衆衛生学修士課程で私が学んだ内容を総論的にまとめてみました。医療従事者の方は疫学・生物統計学に興味をもっている人が多いと思うので、さらに詳しく私が学んだ内容を今後お伝えしていこうと思います。

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