疫学基礎① (疫学研究の方法)

公衆衛生学

こんにちは、総合医です。

今回は公衆衛生学修士課程の疫学で学んだ分野を、一つずつご説明していくシリーズものの最初の記事になります。

読者の対象として、公衆衛生学修士に興味を持っている方、医師の方などを想定しています。

疫学シリーズの初回は、疫学研究の手法についてです。

疫学について少しでもかじったことのある方、もしくは医師の方はランダム化比較試験が最も優れた研究方法という事はご存じだと思います。

しかしランダム化比較試験をいつでも行えるわけではないので、それ以外にも多くの研修手法が存在します。

皆さんは研究方法をいくつご存知ですか?

以下に基本的な研究方法をご紹介します。

  1. ケースシリーズ
  2. 横断研究(記述疫学)
  3. エコロジカル試験
  4. コホート試験
  5. ランダム化比較試験
  6. Before and after 試験
  7. ケースコントロール試験

上記の研究方法以外にも特別な条件を用いて行う研究方法がいくつもありますが、基本的な研究方法として上の7つを知っていれば、多くの疫学研究の論文を読むことができるようになります。

それでは一つずつ研究手法について説明していきます。

ケースシリーズ

ケースシリーズは主に医学の研究で用いられる研修手法で、クリニカルシリーズとも呼ばれたりします。この研究手法は、複数の被験者(患者)に同じ介入(治療)を行い、その後被験者にどのような変化が起こるか確認するという研究方法です。

被験者(患者)が一人の場合は症例報告(ケースレポート)、複数人の場合にはケースシリーズとなります。

通常は3症例以上の研究がケースレポートと呼ばれる事が多いです。

ケースシリーズは他の研究手法と比べて、仮説を分析するような研究手法ではないので、エビデンスレベルは低いと認識されています。

しかし、全く新しい病気を発見した場合や、それまでに報告された事のない新しい経過を辿った症例を経験した場合など、分析を行うに足る症例数がない場合には、ケースレポートは有効な研究手法です。

新型コロナウイルス肺炎のような、新たに出現した疾患を迅速に世界に報告した場合、エビデンスレベルなど関係なく、かなり注目を集める報告となります。

ケースシリーズのエビデンスレベルが低い理由は、研究方法の弱点が大きいからです。

珍しい経過を辿った症例を何例か集めて報告しているだけなので、特定の因果関係を示す事はできません。

ある薬を使用して治療を行った患者が、急変したからといって、その薬と急変の因果関係まではケースレポートで分析する事はできません。

ケースレポートでできる事は、そのような事象が起こり得る、もしくは今まで知られていなかった合併症や疾患を報告する事に留まります。

因果関係を調べるためには別の研究手法を取らなければなりません。

記述疫学

記述疫学とは、ある集団内で得られたデータから疫学データを抽出する研究です。

簡単に言えば、得られたデータのサマリーを作成するようなイメージです。

例えば、ある集団の血圧の平均値、中央値、ばらつき、血圧のデータが正規分布しているのかどうか、などを調べる手法です。

記述疫学で得られたデータで、その集団の特性を確認したり、集団間で得られた情報を比較する時などに記述疫学は使用されます。

記述疫学のよくある例として、横断研究が挙げられます。

横断研究とは、ある一時点での集団のデータを用いて行う研究の事で、例えば2022年7月時点の日本の新型コロナウイルス感染症発生頻度などは、2022年7月という一時点でのデータを日本国民という集団から横断的に収集した記述疫学になります。

エコロジカル試験

エコロジカル試験は個人のデータではなく、国家などの大きなグループから抽出したデータを用いた研究手法です。

疾患の有病率や発生頻度を集団間で調べる時に用いられる手法で、国家間での差を調べたり、地域差を調べる時に用いられます。

エコロジカル試験の例として、国ごとの新型コロナウイルス感染症の有病率、重症化率の比較はエコロジカル試験に含まれます。

Before and after 試験

Before and afterは下の図で示した通り、時間経過に沿って1つの集団をフォローアップして因果関係を調べる研究方法で、pre-post試験などとも呼ばれます。

ある出来事が起こった前後、もしくは、ある介入を行なった前後で集団内に変化が起こったかどうかを調べます。

例えば、新薬の処方前後で病気の治療実績が変化したかどうかを調べる研究はbefore and after試験に分類されます。

この試験は時間経過に沿って集団をフォローアップするので、前向き試験に分類されています。

この後説明するコホート試験、ランダム化比較試験も基本的には前向き試験なのですが、それらの研究手法との大きな違いは、before and after試験はコントロール群を置かない点です。

単一の集団のみを研究の対象とし、複数の集団間での比較はしません。

もちろん介入をした集団と、していない集団に分けて研究ができれば良いのですが、いつも都合よく2つの集団を設定できるわけではありません。

金銭的な理由であったり、被験者をうまく集められないなどの状況が起こり得るでしょう。

そんな時にこのbefore and after試験は有効な研究手法となります。

コホート試験

コホート試験は下の図のように、被験者を複数のグループに分け、グループ間でどのような変化が起こったか比べる事で、原因と結果の因果関係を突き止めるための試験です。

コホート試験もbegore and after試験と同様、時間経過に沿う形で行われるので、前向き研究に分類されます。

ちなみにコホートとは「集団」という意味で、初めて長い時間をかけて複数の集団をフォローして行った試験という意味でコホート試験という名前がついています。

コホート研究は特徴ごとに被験者を分けて行いますが、研究者が介入を行う場合には集団に分けた後に一つのグループには介入を行い、もう片方には介入を行わないというふうに分けたりもします。

例えば、喫煙と肺癌の関係を調べる研究を例として考えてみると、片方の集団には喫煙者、もう片方の集団には非喫煙者を集め、数年間それぞれの集団をフォローアップします。

そして、喫煙者の集団の方で肺がんの発生頻度が明らかに高ければ、喫煙と肺癌に因果関係があると言えるわけです。

ちなみに、喫煙の有無は被験者が決める事で、この場合は「観察」だけしているので観察研究となり、ある薬を処方するかしないかで集団を分けた場合は、薬を処方するという「介入」を研究者がおこなっているので、介入研究となります。

しかし、コホート研究には弱点もあります。

  • 潜伏期間の長い疾患には不向き

先ほども言った通り、コホート研究は長期間被験者を追跡して、疾患の発生率を調べます。

もし仮に潜伏期間が異常に長く、疾患の原因因子に晒されてから50年経ってようやく発症するという疾患を考えた場合、50年間フォローするのはかなり大変ですし、被験者の人も50年前の事を正確に覚えている人はかなり少ないでしょう。

そのため、潜伏期間が長い事がわかっている疾患に関してはコホート研究は不向きです。

  • バイアスが入りやすい

バイアスとは、結果を歪めてしまう傾向や特性の事です。

先ほどの肺癌の研究を考えてみると、集団は喫煙の有無で分けられましたが、もし仮に喫煙者グループが男性ばかり、非喫煙者グループが女性ばかりで構成されていた場合、単純に男性の方が肺癌を発症しやすいだけという可能を排除できなくなります。

このような誰にでもわかる明らかな偏りは試験の始めに排除する事が可能ですが、目に見えないような偏りが存在する可能性は完全に排除する事は困難です。

例えば、喫煙者の集団にだけ、現在まだ発見されていない新種のウイルスが多く感染していた場合、このウイルスによって肺癌を引き起こされている可能性を排除できません

この偏りを排除する事は、ウイルスの検査方法が確立するまでは不可能です。

ランダム化比較試験

ランダム化比較試験はコホート試験と同じように、被験者を複数の集団を分けて、時間経過に沿ってフォローアップしていく試験方法で、こちらも前向き試験に分類されます。

コホート試験との違いは、被験者をランダムに各集団に割り振るという点です。

被験者をランダムに割り振って、集団間で明らかな特徴の偏りが出ないようにする事で、目に見えないバイアスも排除できるようになります。

完全にランダムに被験者を分ければ、まだ発見されていないウイルスに被験者が感染していたとしても、関係ないというわけです。

これにより、ランダム化比較試験はコホート試験よりもエビデンスレベルが高いと考えられ、疫学研究のゴールドスタンダードになっています。

ただし、ランダム化比較試験にもバイアスが入り込む隙はあります。

それは各集団に被験者を割り振った後に、被験者が割り振られた介入方法に従わない場合です。

例えば、片方の集団には治療薬Aを処方し、もう片方の集団には処方しないという試験をしたとします。

もし処方を受けるグループの被験者が、やっぱり薬を飲むのが嫌になり、実は一回も薬を飲んでいなかったなどという事が実際の研究では起こりえます。

この時に、薬を一回も飲んでいないのだから、処方なしのグループに割り振り直して試験を行うと、ランダム化した意味がなくなってしまい、バイアスが入り込む余地が生まれてしまいます。

これを防ぐために、Intention-to-treatという「例え試験の介入方法に従わなかったとしても、最初に割り振られた方のグループに組み込んで解析を行う」という原則が知られており、ランダム化比較試験ではこの原則に則って行われる必要があります。

他にも、処方を受けるグループに割り振られた患者が、「薬を飲んでいるんだから良くなっているはずだ」という思い込みをして自覚症状を軽く申告したりするバイアスが発生することもあります。このようなバイアスを防ぐために、どちらのグループに割り振ったのかを知られないようにするブラインド化という手法もとられます。

バイアスは多くの種類が存在し、今回の記事で書き切る事はできないため、今後別の記事でまとめて書こうと思います。

ケースコントロール試験

ケースコントロール試験は、これまでの試験と時間経過が逆で、過去に遡って因果関係を調べる研究手法です。

時間経過が逆なので、後ろ向き試験と呼ばれています。

ケースコントロール試験は、稀な疾患などで、被験者を多く集められない場合に行われます。

病気の原因を調べるために2つの集団に分けてフォローアップしても、どちらの集団からも発症者が出なければ、原因と結果の因果関係を調べる事は困難だからです。

ケースコントロール試験は、病気の発症者をケース群、発症していない人はコントロール群として、過去に晒されたであろう原因を探っていく研究手法です。

例えば、ケース群とコントロール群を比較して、ケース群の被験者だけ明らかに多く工場近辺に住んでいたとすると、その工場から排出されている物質が疾患発症に影響したのではないかと推測できるわけです。

ただし、この研究方法もコホート試験同様バイアスが入りやすい事が知られているので、エビデンスレベルは高くありません。

それでも、稀な疾患の原因を調べる有効な研究手法ですので、疫学研究の基本としてよく知られています。

いかがだったでしょうか。

疫学研究を行おうと考えた場合、研究対象によって適切な試験デザインが変わってきます。

研究手法の基本をよく学んだ上で、疫学研究に取り組めるようになりましょう。

もし今回の記事の中で誤りなどがあれば、コメント欄からご指摘いただければ幸いです。

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